先ほど地上波の番組で、津波の映像が流れていました。
あの日から何度見たかしれない、悍ましい映像ですが、
この先何度見ても、慣れることは無いと思います。

一定の年齢以上のアメリカ人は、
JFKが暗殺された日に、自分がどこで何をしていたか、
鮮明に覚えているのだそうです。

月日が経って、もっと若い世代のアメリカ人は、
9.11同時多発テロの日に、自分がどこで何をしていたか、
やはり鮮明に覚えているのだそうです。


あの日のあの時、
わたしは犬と一緒にソファに寝転がって、
映画を観ながら寝落ちしていました。
恥ずかしながら震度5弱の揺れでも目が覚めず、
(今でも、寝ている時は殆んど地震に気づけません、、、)
直後に掛かって来た家族からの電話で
大きな地震があったことを知りました。

「あー大丈夫大丈夫」

とかなんとか適当に答えて電話を切って、
なんとわたしは、
寝落ちしたと思われるところまでDVDを戻して、映画の続きを。
ケヴィン・ベーコンの『告発』でした。

数十分後、映画を観終わって、
自動で地上波に切り替わったテレビの映像に、
わたしがまず思ったのは、

「あれ。地上波で『ディープ・インパクト』やってる」

でした。
でも、別の局に変えてもどこも全部『ディープ・インパクト』、
これはおかしい、とそこで初めて、
東北で巨大地震が起き、未曾有の津波が襲ったことを知ったのです。

運悪く出かけていた母に何百回も電話して
やっとつながった電話で青山で無事だということを確認し、
「必ず電車は動くからとにかく動くな」
と言うのに歩いて帰ろうとする母を、
何もできずに家で待つことしかできませんでした。
無力でした。

こんなマヌケにもほどがある記憶を、
わたしはこの先一生、毎年思い出すことになります。


あれから6年。
「防災」についてあれこれ考えては、
答えを見つけられず、挫折するわたしがいます。

新交通規制により、大地震発生時には、
我が家のある地域には一般車両の一切の流入が制限され、
最も近い幹線道路であるR246は緊急車両専用になります。
大局を見れば都心の渋滞を緩和する合理的な施策ですが、
内側の人間は、事実上、閉じ込められることになります。

持ち出し袋一つ作ろうとしても、
家族3人分+犬の必需品を揃えると、
70リットルのスーツケースにも収まらない量から減らせません。
そもそも、「避難」自体、できるのだろうかと思います。
母は心臓に爆弾を抱えているし、
避難所では犬は歓迎されないと聞いている。
あの日と同じことが己の身に降りかかったとして、
老いた母と犬を抱えて、人様にご迷惑をおかけすることなく、
生き延びられる気が、全然しません。

1世紀前の関東大震災を体験した方が、
「とりあえず3日間、自力で生き延びる準備をしておけ。
そうすれば必ず助けはくる」
と仰っていたそうなのですが、
わたしはどうしても信じられません。
日本の10%超の人口が集まる東京が被災して、
政治経済の中枢機能が麻痺した時、
「東京以外」がたった3日で、1300万人を救えるでしょうか。
さらに、「南関東」という規模で考えると、、、(思考停止)





あの日亡くなった多くの方々、遺されたご家族に、
心からの祈りを捧げます。


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ご来訪ありがとうございました。


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